~大久保宏明の法令散歩~

法令の制定・改廃の手法は慣習にすぎない

弁護士をはじめとする法律専門職は、法令解釈の専門家ではあるが、法令の制定や改廃に関与する者は殆どいない。
内閣提出法案は内閣法制局で作られ、議員立法は議院法制局がサポートする。
各自治体には、法制執務担当者がおり、議会に提出する条例案を作っている。
政治家は政策を決定するが、法令の作り方までは知らなくてよい。
弁護士資格がなくても、それどころか全く法律を勉強したことがなくても、法務大臣が務まるわけである。

わが国の一部法改正は、「溶け込み方式」によって行われている。
これは、日本独特の法改正手法として定着している。
この話をすると、聞き手は不思議な顔をする。

法令を制定し、法令を改正し、法令を廃止する、その手法を定めた法令は存在しない。
これまた、みなさんに疑われるので、あまり話さないことにしている。

興味のある方は、石毛正純著「法制執務詳解新版Ⅱ」(平成25年7月5日第4版、ぎょうせい発行)257頁を参照されたい。
少々、引用させていただく。
「このような方式は、『溶け込み方式』と呼ばれ、我が国では、従来から法令の一部改正のための方式として用いられてきた。」

たとえば、「禁治産者」という法令用語が差別的であるという理由から「成年被後見人」に変わったことは、法律を勉強した者にとっては常識である。
では、どのように法改正をしたのであろうか。

まず、「A法律」そのものには触れず、「A法律の一部を改正する法律」を新たに制定し、「『禁治産者』を『成年被後見人』に改める」と規定する。
一部改正法は、国会で制定され、天皇が公布し、定められた施行日に溶け込む。
その結果、一部改正法施行後の「A法律」には「成年被後見人」とだけ表記されている。

「昔から、ワード文書の訂正・上書きのようなことが行われている」と私が説明したときに、学生の多くは妙に納得してくれた。
「でも、こうしたやり方は、日本特有の慣習にすぎない」と言うと、やはり学生たちは不信な表情を見せた。

余談であるが、「2段ロケット方式」と呼ばれる一部改正手法もある(法制執務詳解新版Ⅱ7頁)。
たとえば、消費税5%を、第1段階として7%に、第2段階として10%に引き上げることを、予め、いっぺんに制定法で規定しておくといった場合に用いられる。

ちなみに、法律は「官報」によって公布されているが、公布の方法を定める法律はない。
最高裁が「官報」をもってすることを認めたので、慣例として、官報に掲載して公布することになっているにすぎない。
(元弁護士)行政書士 大久保宏明


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